ゲーム評論家の桐谷シンジです。 今回も多く寄せられてる質問にお答えしていきます。
この記事を読んでいる方は、なぜ「トルネコの大冒険」の新作やフルリメイクが発売されないのか、そしてスクウェア・エニックス(以下、スクエニ)の最近の戦略、特に「ドラゴンクエストVII(以下、ドラクエ7)」のリメイクが優先された背景について気になっていると思います。

長年のファンであればあるほど、天空シリーズやトルネコといった名作が後回しにされている現状に、もどかしさを感じているのではないでしょうか。
この記事を読み終える頃には、スクエニが抱えるリメイク・新作開発の裏事情や、今後のドラクエシリーズの展望についての疑問が解決しているはずです。
記事のポイント
- スクエニのリメイク・新作開発の現状と優先順位
- トルネコよりドラクエ7が優先された戦略的理由の深掘り
- スクエニが直面する開発体制の問題と新作遅延の実態
- 今後のドラクエシリーズにファンが期待できることと現実

スクエニのリメイク・新作開発における現状とファンの疑問
近年、スクエニ、特にドラクエシリーズの動向は、ファンにとって期待と不安が入り混じる複雑な状況にあります。 ここではまず、現在発表されているリメイク作品や新作の状況を整理し、なぜ多くのファンが疑問を抱いているのか、その背景を明らかにしていきます。
HD-2D版ドラクエ3、そしてドラクエ1&2という流れ
全ての始まりは、HD-2D技術による「ドラゴンクエストIII そして伝説へ…」のリメイク発表でした。 ドット絵の懐かしさと3DCGの立体感が融合した美麗なグラフィックは、往年のファンだけでなく、新しい世代のプレイヤーからも大きな注目を集めました。 長らく続報が待たれていましたが、ついに発売日が決定。 さらに、その流れを汲む形で「ドラゴンクエストI&II」のHD-2D版リメイクも発表され、ロトシリーズ三部作を最新技術で楽しめるという展開に、多くのファンが胸を躍らせました。

この一連の流れは、「過去の名作を現代に蘇らせる」というスクエニのリメイク戦略を明確に示しており、ファンは当然、次の展開を期待しました。 「次は天空シリーズ(IV, V, VI)ではないか?」と。 しかし、その期待は思わぬ形で裏切られることになります。
電撃発表された「ドラゴンクエストVII リイマジンド」
ファンの期待が天空シリーズへと向かう中、2024年のニンテンドーダイレクトで突如として発表されたのが「ドラゴンクエストVII エデンの戦士たち リイマジンド」でした。 これは、2000年にプレイステーションで発売され、2013年にニンテンドー3DSでリメイクされたドラクエ7の、実に2度目となるリメイク作品です。

「ドールルック」と名付けられた、まるで精巧な人形劇のような新しいグラフィック表現や、フルボイス対応、システムの刷新など、その内容は非常に意欲的です。 しかし、ファンの間では驚きと共に、大きな疑問符が浮かびました。
「なぜ、天空シリーズを飛ばして7なのか?」 「トルネコやモンスターズといった人気スピンオフのリメイクはどこへ行ったのか?」
特にドラクエ7は、その重厚長大なシナリオから、過去にプレイヤーの賛否を大きく分けた作品でもあります。 このタイミングでの再リメイク決定は、スクエニの戦略に対する様々な憶測を呼ぶ結果となったのです。
遅延が囁かれる「ドラゴンクエストXII 選ばれし運命の炎」
一方で、完全新作である「ドラゴンクエストXII 選ばれし運命の炎」は、2021年にタイトルが発表されて以降、具体的な情報がほとんど出てきていません。 「大人向けのダークな作風になる」というコンセプトは示されたものの、開発は難航しているとの噂が絶えず、ファンは長期間にわたって待たされ続けています。
このように、本編ナンバリングの最新作が遅々として進まない状況も、ファンの不満や不安を増大させる一因となっています。 リメイク作品にリソースを割くのは良いが、肝心の新作はどうなっているのか、というわけです。
置き去りにされる天空シリーズ(4, 5, 6)のリメイク
ドラクエシリーズの中でも、IV, V, VIからなる「天空シリーズ」は、特に人気の高い作品群です。 親子三代にわたる壮大な物語を描いた「V 天空の花嫁」は、シリーズ最高傑作に挙げるファンも少なくありません。 これらの作品はニンテンドーDSで一度リメイクされていますが、グラフィックやシステムは当時のものであり、HD-2Dのような最新技術でのフルリメイクを望む声は非常に大きいのが現状です。

ロトシリーズの次にリメイクされるのは天空シリーズであると、誰もが信じて疑いませんでした。 それだけに、ドラクエ7の発表は、天空シリーズのファンにとって「順番を飛ばされた」という失望感に繋がっています。
熱狂的ファンを持つ「トルネコの大冒険」シリーズ
そして、今回のレビューの主題でもある「トルネコの大冒険」シリーズです。 「ドラゴンクエストIV」に登場した商人トルネコを主人公にしたスピンオフ作品で、「入るたびに構造が変わるダンジョン」を探索するローグライクRPGという、本編とは全く異なるゲーム性が多くのプレイヤーを魅了しました。
1993年にスーパーファミコンで第1作が発売されて以降、シリーズを重ね、特に「トルネコの大冒険2」「トルネコの大冒険3」は、その圧倒的なやり込み要素から、今なお語り継がれる名作として知られています。 しかし、2002年の「3」を最後に、シリーズの完全新作は途絶えています。 システムが近い「ドラゴンクエスト 少年ヤンガスと不思議のダンジョン」が2006年に発売されましたが、トルネコ本人が主人公の物語は長らく作られていません。
これだけ根強いファンがいるにも関わらず、なぜフルリメイクや新作の企画が立ち上がらないのか。 これは、シリーズのファンにとって長年の、そして最大の疑問なのです。
なぜ今、ドラクエ7のリメイクなのか?ファンの疑問を整理
これまでの状況をまとめると、ファンの疑問は以下の点に集約されます。
- 優先順位の謎: なぜ、リメイク待望論の強い天空シリーズやトルネコを差し置いて、既に一度リメイクされているドラクエ7が選ばれたのか。
- コスト説の真偽: 一部のファンからは「ドラクエ7は3DS版の資産を流用できるから、低コストでリメイクできるのではないか」という声も聞かれるが、それは本当なのか。
- スクエニの戦略: 新作の開発が遅れる中、リメイク作品の選定基準はどうなっているのか。スクエニはドラクエという巨大IPを今後どのように展開しようとしているのか。
次の章では、これらの疑問、特に「なぜトルネコがリメイクされないのか」という核心に迫るべく、スクエニが抱える裏事情と戦略について深く考察していきます。
トルネコがリメイクされないスクエニの裏事情と複合的戦略
「トルネコの大冒険」のフルリメイクが実現しない背景には、単一の理由ではなく、開発リソース、収益性、権利関係、そしてスクエニ全体の経営戦略といった、複数の要因が複雑に絡み合っています。 ここでは、様々な角度からその「裏事情」を徹底的に解説します。

開発リソースの問題:「量から質へ」の転換とプロジェクトの集中
近年のスクエニは、開発タイトルの乱立によって品質が低下したとの批判を受け、経営方針を「量から質へ」と大きく転換しました。 不採算プロジェクトの見直しや中止を行い、開発リソースを大規模なAAAタイトルや、成功が見込める有力IPに集中させる戦略をとっています。
この戦略の中で、ドラクエシリーズにおいては、
- HD-2Dプロジェクト(ドラクエ3、1&2)
- リイマジンドプロジェクト(ドラクエ7)
- 完全新作プロジェクト(ドラクエ12)
という3つの大きな柱にリソースが重点的に配分されていると考えられます。 特にHD-2Dとリイマジンドは、それぞれが新しい技術的挑戦であり、多くの優秀なスタッフを必要とします。 このような状況下で、さらに「トルネコ」という第四の柱となるリメイクプロジェクトを立ち上げるのは、リソース的に極めて困難であると言えるでしょう。
つまり、トルネコが後回しにされているのは、単に人気がないからではなく、「選択と集中」という経営判断の結果、優先順位が低くならざるを得ないのが実情なのです。
収益性の観点:本編ナンバリングタイトルの絶対的な優先度
企業である以上、プロジェクトの判断には収益性が大きく関わってきます。 その点において、本編ナンバリングタイトルとスピンオフ作品では、期待される売上規模に大きな差があります。
タイトル種別 | 国内外での期待売上 | ターゲット層 |
---|---|---|
本編ナンバリング | 数百万本~1,000万本規模 | 幅広いRPGファン、ライト層 |
スピンオフ(トルネコ等) | 数十万本~100万本規模 | シリーズファン、コアゲーマー |
上記の表はあくまで一般的な傾向ですが、ドラクエ本編は国内外で数百万本のセールスが期待できる巨大IPです。 一方、「トルネコ」が属するローグライクRPGは、熱狂的なファンを持つ一方で、ゲーム性がニッチであるため、本編ほどのマス層への訴求力はありません。
投資額が大きくなる現代のゲーム開発において、より確実なリターンが見込める本編ナンバリングのリメイクが優先されるのは、ビジネス的な観点から見れば当然の判断と言えます。 「トルネコが大好きだ」というファンの熱い想いと、企業の冷徹な経営判断の間には、残念ながら大きな隔たりが存在するのです。
なぜ「ドラクエ7」が選ばれたのか?コスト説を超えた多角的考察
では、なぜ数あるナンバリングタイトルの中から「7」が選ばれたのでしょうか。 「3DS版の流用で低コストだから」という説は、一見もっともらしく聞こえます。 しかし、公開された「リイマジンド」の情報を見ると、この説は必ずしも正しくないことがわかります。
「ドールルック」は低コスト技術ではない
「リイマジンド」で採用されたグラフィック表現「ドールルック」は、キャラクター人形を実際に作成し、スキャンして3Dモデルを起こすという、非常に手間のかかる手法です。 これは単なるグラフィックの向上ではなく、全く新しいアートスタイルへの挑戦であり、3DS版からの単純な流用とは一線を画します。 むしろ、新規開発に近いコストと時間がかかっている可能性が高いでしょう。
賛否両論だったPS版の「完全版」を目指す意図
ドラクエ7は、そのストーリーのボリュームやシステム(特に石板集め)が原因で、PS版発売当時はプレイヤーから賛否両論を巻き起こした作品です。 3DS版では石板レーダーの導入などで遊びやすさが改善されましたが、それでもなお「人を選ぶ作品」という評価は根強く残っています。
スクエニとしては、この「リイマジンド」でグラフィック、システム、シナリオの全てを再構築し、過去の不満点を完全に払拭した**「ドラクエ7の決定版・完全版」**を世に送り出したいという強い意志があるのではないでしょうか。 名作のポテンシャルを秘めながらも、その評価が二分されてしまった作品を現代に蘇らせ、再評価を得る。 これは、クリエイターにとって非常に挑戦しがいのあるプロジェクトであり、単なるコスト論では語れない動機が存在すると考えられます。
グローバル市場への再挑戦
ドラクエシリーズは、日本国内に比べて海外での人気がやや低いという課題を長年抱えています。 特にドラクエ7は、欧米ではPS版が発売されたのみで、遊びやすく改善された3DS版は発売されませんでした。 つまり、海外の多くのプレイヤーにとって、ドラクエ7は「古くて遊びにくいRPG」という印象のままなのです。
「リイマジンド」をPlayStation 5、Nintendo Switch、Steamというマルチプラットフォームで展開するのは、この状況を打破し、グローバル市場でドラクエ7の魅力を改めて伝えたいという明確な戦略の表れです。 天空シリーズも海外人気はありますが、7を「完全版」として届けることで、新たなファン層を開拓できるという算段があるのかもしれません。
トルネコ特有のハードル:権利関係と開発の難しさ
トルネコのリメイクには、他のドラクエ作品にはない特有のハードルも存在します。
「不思議のダンジョン」というブランド
「トルネコの大冒険」は、「不思議のダンジョン」シリーズの第1作目です。 この「不思議のダンジョン」という名称およびゲームシステムは、もともと株式会社チュンソフト(現・株式会社スパイク・チュンソフト)が開発したものです。 つまり、トルネコをリメイクするには、スクエニ単独ではなく、スパイク・チュンソフトとの緊密な連携が不可欠となります。
両社の協力体制がなければプロジェクトは始動できず、開発の主導権やライセンス料など、クリアすべきビジネス上の課題が数多く存在します。 これが、リメイクへのハードルを高くしている一因と考えられます。
ローグライクRPG開発の職人技
ローグライクRPGは、その絶妙なゲームバランス調整に「職人技」とも言えるノウハウが要求されるジャンルです。 ランダム生成されるダンジョン、アイテムの出現率、敵の強さ、満腹度のシステムなど、一つでもバランスを間違えれば、理不尽なだけの「クソゲー」にも、簡単すぎる「ヌルゲー」にもなり得ます。
オリジナルの「トルネコ」開発チームのノウハウを完全に再現し、現代のプレイヤーが満足するクオリティに仕上げるには、このジャンルに精通した専門の開発チームが必要です。 スクエニ社内にそのノウハウが十分に蓄積されているか、あるいは外部の専門スタジオと組むことができるか、という点も大きな課題となります。
新作の遅延が示す、スクエニ開発体制の深刻な実態
最後に、トルネコだけでなく、ドラクエ12をはじめとする多くの新作が遅延している背景にある、スクエニ全体の開発体制の問題にも触れなければなりません。
ゲーム開発の大規模化と長期化
現代のAAAタイトルの開発は、グラフィックの向上やコンテンツ量の増大により、かつてないほど大規模化・長期化しています。 開発期間は5年以上、開発費は100億円を超えることも珍しくありません。 ドラクエ12も、最新のゲームエンジン「Unreal Engine 5」を採用しているとされ、その習熟や開発環境の構築に多大な時間を要している可能性があります。
この開発の長期化は、計画の遅延を常態化させ、結果的に発表から発売までの期間が長くなり、ファンの期待感を削いでしまうという悪循環を生んでいます。
人材不足と技術的課題
世界的なゲーム開発競争の激化は、優秀なクリエイターやエンジニアの獲得競争にも繋がっています。 特に、Unreal Engine 5のような最新技術に精通した人材は引く手あまたです。 スクエニが、ドラクエという国民的RPGの新作を担うに足る十分な開発チームを、迅速に、かつ安定的に確保できているのかは、外部からは見えにくい深刻な課題かもしれません。
リメイク作品に注力する背景には、完全新作をゼロから生み出すよりも、既存の設計図があるリメイクの方がプロジェクト管理をしやすい、という側面もあるのではないでしょうか。
これらの複合的な理由から、「トルネコの大冒険」のフルリメイクは実現への道のりが険しく、結果として本編ナンバリング、特に戦略的価値の高い「ドラクエ7」が優先されているのが現状だと、私は分析しています。
まとめ
今回は、多くのファンが待ち望む「トルネコの大冒険」のフルリメイクがなぜ発売されないのか、そしてスクエニの近年の開発戦略について、ゲーム評論家としての視点から深く考察してきました。
本レビューで明らかになった点を改めて整理します。
- 選択と集中の戦略: スクエニは「量から質へ」の方針転換により、開発リソースをHD-2D、リイマジンド、そしてドラクエ12という主要プロジェクトに集中させており、トルネコのようなスピンオフは優先順位が低くなっている。
- 収益性とリスクの天秤: ビジネスとして、より大きな市場とリターンが見込める本編ナンバリングのリメイクが、ニッチなジャンルであるトルネコよりも優先されるのは避けられない。
- ドラクエ7の戦略的価値: ドラクエ7のリメイクは、単なる低コストな再利用ではなく、「完全版」としての再評価の獲得と、グローバル市場への再挑戦という明確な戦略的意図に基づいたプロジェクトである。
- 複合的な開発ハードル: トルネコには、スパイク・チュンソフトとの権利関係や、ローグライクRPG特有の開発の難しさという、他の作品にはない固有のハードルが存在する。
- 開発体制の課題: ドラクエ12の遅延にも見られるように、現代のゲーム開発の大規模化・長期化と、それに伴う人材不足が、スクエニ全体の新作・リメイク計画に影響を及ぼしている。
これらの事実を総合すると、残念ながら「トルネコの大冒険」のフルリメイクが近いうちに実現する可能性は低いと言わざるを得ません。 しかし、決して可能性がゼロになったわけではありません。
今回発表されたドラクエ3、1&2、そして7のリメイクプロジェクトが成功を収め、開発体制に余裕が生まれれば、次なる一手としてスピンオフ作品に光が当たる可能性は十分にあります。 そのためにも、我々ファンができることは、トルネコがいかに素晴らしい作品であったか、そして今なおリメイクを熱望しているという声を、SNSやコミュニティを通じて発信し続けることなのかもしれません。
スクエニには、目先の利益や戦略だけでなく、長年シリーズを支えてきたファンの想いにも応えるような、バランスの取れたIP展開を期待したいところです。 まずは目前に迫ったHD-2D版「ドラゴンクエストIII」、そして「ドラゴンクエストVII リイマジンド」を心ゆくまで楽しみながら、気長に吉報を待つことにしましょう。